先祖調査事例
先祖調査事例 戸籍だけでは分からなかった、ある女性の若い頃の話
先祖調査のご依頼をいただいたとき、最初に分かっていたのは戸籍の情報だけでした。
沖縄で生まれたこと。
若い頃に一時期県外で暮らしていたこと。
その後また沖縄に戻ってきていること。
ただ、ご家族の中には、その方の若い頃を詳しく知っている人がほとんどいませんでした。 「昔、内地にいたことがあるらしい」 「苦労したみたいだけど、自分ではあまり話さなかった」 それくらいしか残っていなかったのです。
戸籍を追っていくと、たしかに若い時期に県外で暮らしていた形跡があります。 けれど、そこで何をして、どんな思いで過ごしていたのかまでは分かりません。
そこで、地域の資料や当時の記録を当たりながら、同世代の人のつながりを探していきました。 すると、思いがけない形で、その方と同じ学校に通っていたという女性にたどり着きました。
同級生だったという女性に、話を聞くことができた
その方はかなりのご高齢でしたが、まだお元気で、こちらの事情を伝えると 「覚えていることなら話してもいいよ」 と言ってくださいました。
最初は、こちらも半信半疑でした。 本当に同じ時代を知る人に会えるとは思っていなかったからです。
でも、話が始まると、戸籍には出てこない若い頃の様子が一気に立ち上がってきました。
「あの人はね、もともと気の強い人ではあったけど、よく笑う人だったよ」
そう言って、その女性は少し考えてから、昔のことをぽつぽつと話し始めました。
学校では活発なほうだったこと。
家の事情もあって、早くから働くことを考えていたこと。
そして、当時は沖縄から県外に出て働きに行く人が珍しくなかったこと。
そこまでは、よくある話にも聞こえます。 ただ、そのあとに続いた話が重かったのです。
「内地に行って、楽だったわけじゃないよ」
その方の話では、彼女は若い頃、仕事を求めて県外に渡ったそうです。 今でいう就職や進学のように聞こえますが、実際はもっと切実だったのだと思います。
紹介を頼りに土地勘のない場所へ行き、住むところも仕事も、簡単に決まるような時代ではなかった。 しかも沖縄出身というだけで、露骨に嫌な顔をされることもあったといいます。
話をしてくださった女性は、そこをかなりはっきり覚えていました。
「今みたいじゃないよ。あの頃は、沖縄から来たというだけで嫌がられることもあったさ」
店先や人づての言葉の中に、沖縄出身者への偏見が普通にあったこと。
言葉やなまり、顔立ちまで含めて、見下すような空気があったこと。
そして、彼女自身もそういう扱いを受けながら、黙って働いていたらしいこと。
ご家族の中で残っていた「苦労したらしい」という言葉は、こういう意味だったのかもしれないと思いました。
本人が昔のことをあまり話さなかった理由
その同級生の女性は、こうも言っていました。
「あの人、自分からはあまり言わなかったはずよ。つらかったことは、年を取ってからもあまり口に出さない人だったから」
この言葉が、とても印象に残りました。
たしかに、ご家族の記憶の中にも、その方が若い頃のことを楽しそうに話していた、という話はありませんでした。 ただ、無口だったというより、話さなかったのだろうと思います。
県外での暮らし。
働き口を探したこと。
沖縄出身というだけで壁にぶつかったこと。
戦争が近づいてきて、落ち着いて将来のことを考えられなくなっていったこと。
そういう時間を経てきた人なら、わざわざ後の世代に細かく語らなかったとしても不思議ではありません。
むしろ、話さないことで前に進んできた人も多かったのだと思います。
調査を進めるうちに、その人の輪郭が変わっていった
最初、戸籍から見えていたのは、ただの移動でした。
沖縄で生まれ、県外へ出て、また戻ってきた。 書類の上では、それだけです。
でも、同級生の話と当時の証言資料を重ねていくと、その一行の重みがまるで違って見えてきました。
故郷を離れたこと。
知らない土地で働いたこと。
差別を受けても生活していかないといけなかったこと。
戦争の気配が日常に入り込んできたこと。
そうしたものをくぐって沖縄に戻ってきた人だったのだと分かったとき、戸籍の中の名前が、急に一人の人間として立ち上がってきました。
ご家族が知っていたのは、年を重ねた後のその方です。 でも、その前にこういう若い頃があった。 しかも、それは決して穏やかな時代ではなかった。
そこが見えてくると、家族の見方も少し変わります。
先祖調査は、名前の確認だけで終わらないことがある
今回の調査では、戸籍だけでは分からなかった部分が、同世代の証言によってかなり具体的になりました。
もちろん、古い記憶なので、日付や順番まで一字一句そのまま断定できるわけではありません。 それでも、その人がどういう時代を生き、どういう空気の中で若い頃を過ごしたのかは、十分に伝わってきました。
先祖調査というと、家系図を作って終わりと思われがちです。 でも実際には、その人の人生の手触りが戻ってくることがあります。
どこで生まれたか。
誰の子だったか。
誰とつながっているか。
それだけではなく、
なぜその人が昔のことをあまり話さなかったのか。
どんな思いを抱えたまま生きてきたのか。
そこまで少しずつ見えてくることがあります。
まとめ
今回の事例では、最初は「若い頃に県外にいたらしい」という程度の情報しかありませんでした。
けれど、調査を進める中で同級生だった女性に行き当たり、話を聞くことができたことで、その方の若い頃の姿がかなり具体的になりました。
働くために沖縄を離れたこと。
県外で偏見にさらされながら暮らしていたこと。
そして、そうした経験をあえて多く語らず、その後の人生を生きてきたこと。
戸籍には書かれていないけれど、たしかにその人の人生の中心にあった時間です。
先祖調査は、昔の名前を並べる作業ではなく、家族の中で途切れていた時間を少しずつつなぎ直していく作業なのだと、あらためて感じた事例でした。